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■ ★評価別Index : ★★★★★ ★★★★ ★★★☆ ★★★ ★★☆ ★~★★ |
2006年
12月
29日
(金)
12:20 |
編集

「父、帰る」 ★★★★★
VOZVRASHCHENIYE、THE RETURN
(2003年ロシア)
監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ
脚本:ウラジーミル・モイセエンコ、アレクサンドル・ノヴォトツキー
音楽:アンドレイ・デルガチョフ
キャスト: イワン・ドブロヌラヴォフ、ウラジーミル・ガーリン、コンスタンチン・ラヴロネンコ、ナタリヤ・ヴドヴィナ
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何と言う映画だ。神の存在にも似た父性という絶対性。
これ程の余韻を残し、父性の喪失という今日的なテーマを包括する傑作を今まで見逃していたのか。
父親とは、そして父性とは、我々にとってどういう意味を持つのだろう?
子供はいつか大人にならなければならない、少年はいつか男にならなければならない。
これは孤独を知り世界を知り、母性という人を包み込む庇護から、父性という自己を律する社会規範の絶対性を学んで、人が大人になっていく成長の物語だ。
主な登場人物は父と二人の息子、ある日突然に家に帰ってきた父親と二人は唐突に旅に出る。ストーリーの背景となるような、家族について或いは父親についての詳しい説明描写等は一切ない。画面は沈痛なブルーに沈み込んで、まるでサスペンスのように張り詰めた重苦しい雰囲気に支配される。また、永遠に開けられることのなかった箱など、多くの謎も解き明かされないまま映画は閉じられる。だがその解明は観る我々がそれぞれの中で考えるべきことなのである。
日曜日、兄弟に父親はいなかった。
月曜日、突然に父親が帰還する。
火曜日、彼等は男3人の旅に出た。
金曜日、父親は失われ、
土曜日、彼等は父という存在の意味を知る。
「自分でできないのか?」「まだやれる」「探せ」
父親は甘えや諦めを許さずに半ば威圧的に息子達に接し続ける。あたかもその中途で終わる短い休暇を予期していたかのように、父親として彼が教えられることを与え続けるのだ。
年齢が上の兄は父親と折合いをつけながら旅をするが、弟は素直に父を受け容れることができずに反抗する。
だが、出会いが唐突にやってきたように、彼等の別れもまた劇的に訪れる。甘えも我侭も総て呑み込んで父親は永遠に去ることになるのだ。しかし父親を失ったその時から兄は一足飛びに大人の男に変わっていく。即ちここで父性を持つ存在は父親から兄へと鮮烈にスイッチして、我々は兄の大人びた横顔に目を見張るのである。
この作品を理解する為に注目すべきは、映画の前半と後半で対比されて用いられる幾つかの象徴的なモチーフであろう。終盤の不幸な別離を予感させる沈みゆく船のオープニング、前半の飛び込み台で母親とは抱き合っても後半の鉄塔で父親とは決して触れ合えないという対照、そして父親のいる写真と彼が不在の写真。ここから感じ取れるものは、人が最初に出会う温かくも矮小で内向きの世界が母性ならば、この世界で生きていく術を伝え幼き甘えを律して外の社会を与え導くものが父性なのではないか、ということだ。
エンディングで流れる旅のアルバム写真の中には送り出す母親と兄弟の姿しか登場しない。父親のたった一枚だけの写真は幼き息子を抱いた若き日の姿だ、そしてそれがラストショット。
父は帰還したのだろうか?もしかしたらこの父親との邂逅自体が現実というよりも、少年達の大人への通過儀礼の象徴だったのだろうか?
さらにまた我々は、この作品に2つの寓話的側面を見い出すべきである。
それはまず父親の存在への宗教的なアプローチであり、意図的に映画の中に表現された幾つもの「神」の姿がそれを物語る。
初めて兄弟が出会った眠る父親は、まさにマンテーニャの死せるキリストの姿を彷彿とさせるものだった(参考資料有り)。そして家族の食事のシーンはあたかもパンと葡萄酒を分け与えるイエスそのものである。またこの兄弟が父親と過ごした期間が「一週間」であることも、聖書で創造主が世界を6日間で創り上げ7日目に休暇をとった一週間と確実にリンクしているように感じられる。
言うなれば崇高なる絶対性を湛えつつ理解を超えた圧倒的な存在として、神と父親がここに重ねられて描かれているのではないか。
そしてもう一つ作品全体が象徴しているものを考えるならば、父不在の12年の空白という意味であろう。一体何故12年なのか?政治的な寓話性があるとすれば、1991年のソビエト連邦の崩壊からロシアへの移行による政治経済の混迷状態を指している可能性もある。本作品の理解し合えぬ、しかし抗えない関係にある父子像は、あたかもこの国の歴史の潮流を大きく変えたソビエト連邦とようやく生み落とされたロシアを鮮烈に象ってみせて、我々を慄然とさせるのだ。ロシアの歴史について造詣が深い人ならば、この点についてもっとメタファーの意味を掘下げられるだろう。
更に作品を俯瞰すると、湖、雨という水のシーンが非常に多い。おそらく最初に心奪われるのはその水の静寂に支配された映像の美しさだろうと思う。実にストイックなまでに単純化された構図の実に美しいシーンの数々はこの作品の大きな魅力であり、包括するテーマを物語るに十分な深遠さを備えている。ロシアには「惑星ソラリス」のタルコフスキーという巨匠がいるが、水への拘泥は単なる偶然だろうかw
いつか父親になる総ての人間はこの作品を観るべきだ。人は皆自分の手で船を漕ぎ、荷物を運ばなければならないのだ、そして失って初めて途方もなく大きな存在に導かれていたことを知る。
アンドレイ・ズビャギンツェフ監督デビュー作にして、2003年のヴェネチア国際映画祭で大絶賛され金獅子賞と新人監督賞をダブル受賞する快挙を果たした作品である。これ程余韻が残る映画に出会うことはそうそうない、素晴しい作品だと思う。
兄役のウラジーミル・ガーリンと不機嫌なハーレイ・ジョエル・オスメント風の弟役イワン・ドブロヌラヴォフの好演が素晴しい。だが本作撮影終了後、ロケ地の湖でウラジーミル・ガーリンは不慮の事故で亡くなったそうである。
父親が掘り起こしたあの箱に入っていたものは、失われつつある父性そのものだったのだろうか。或いは、人が紡いできた歴史の欠片の封印であろうか。
◆参考資料
・ ロシアについて
・ 死せるキリスト(アンドレア・マンテーニャ作)
・ 聖餐








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■残念ながら日本ではサントラが出ていない模様
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