-何の参考にもならない映画評-
The Door into Summer
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「誰がために」
2006年 05月 20日 (土) 00:43 | 編集
誰がために 誰がために

「誰がために」 ★★☆

(2005年日本)
監督:日向寺太郎
脚本:加藤正人
キャスト:浅野忠信、エリカ、池脇千鶴、小池徹平、宮下順子、烏丸せつこ、小倉一郎、眞島秀和、菊地凛子、香川照之
   ⇒ 公式サイト
   ⇒ 誰がために@映画生活

凶悪な少年犯罪の犠牲になった被害者サイドの心情にスポットを当てて描いた作品。その割には被害者の悲しみが伝わらずインパクトに欠ける。

キャッチコピーは
「ボクノ ココロハ ドコヘモ イカナイ」
ある日突然に最愛の妻と生まれてくる子供を失った男。この話は募る亡き妻への思いに出口を見い出せず"何処にも行けない"男の心の彷徨を描くドラマである。
次第に傷口を広げていくどうしようもない当事者の喪失感、日毎に事件が風化していく周囲とのギャップ、そして軽い刑期で社会復帰する犯人へのやり場のない怒り、それ等を淡々とした日常の中に映し撮り、妻への離れ難い思いと断ち切れぬ過去の呪縛に苦悩する男の姿がラストシーンに集約されていく。あの瞬間壊れた妻の時計のように男の時間は事件の日で止まったまま身動きができなくなってしまったということなのだろう。

このような作品のテーマはよく解るのだが非常に気になった点が二つ。
一つは台詞の居心地の悪さである。
妻役のエリカが芝居が下手なのはしょうがないとしても、この妻にも池脇千鶴にも通り一遍の陳腐でいかにも良識的な台詞をペラペラ喋らせ過ぎで全くリアリティがない。
とりわけナイフを手にした浅野を池脇が詰るシーンなどは歯が浮くような教科書的台詞に終始する。社会派という側面を強調したかったのかもしれないが、だからこそ綺麗事ではない生の言葉が欲しかった。
もう一つは演出面での疑問である。映画中盤で少年による事件が起こるのだが、その事件の描写に具体性がゼロ、そして残された遺族の衝撃や悲嘆、慟哭、怒りというものの心情描写も若干薄いのである。勿論事件の曖昧さは少年法に守られた少年犯罪の全容が掴み難いという現実を表象しているであろうことは理解できるが、あっさりと描き過ぎることによって残虐非道な犯行の重さが画面から伝わってこない。これ等の欠落によって、映画後半で浅野が嵌まり込む憎しみと復讐の呪縛、そしてその苦悩の深さというものを表現し切れていないように感じた次第だ。
非常によく似た実際の事件と重なって見えるということもこの映画の重さが不足していると感じる所以かもしれない。その演出の違和感が結局映画の終わりまで尾を引いてしまったように思う。

日向寺太郎監督はこれがデビュー作、彼は先日亡くなった黒木和雄氏の助監督だったそうだ。
未だ演出や脚本など個々のパーツが噛み合っていない印象を受けるものの、風車の回る海岸のシーンはファンタジックで美しく、風というモチーフを喪失感にオーバーラップさせる使い方といい、自然な表情を映し出す手持ちカメラの風情など非常に上手さを感じさせられたことは確かだ。また安直に苦悩を乗り越えるストーリーに帰結しないエンディングも共感できる。
しかし、だ。悪くないのだがもう一つ何かが足りない。
愛するものを失ってその加害者への思いを描いた作品としては「息子のまなざし」という傑作があるだけに尚更だ、次回作に期待したいと思う。


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