-何の参考にもならない映画評-
The Door into Summer
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「大いなる幻影」
2006年 03月 24日 (金) 00:43 | 編集
大いなる幻影 大いなる幻影

「大いなる幻影」 ★★★☆

Barren Illusion (1999年)
監督:黒沢清
脚本:黒沢清
キャスト:武田真治、唯野未歩子、 安井豊、松本正道、稲見一茂、億田明子、青山真治
   ⇒ 大いなる幻影@映画生活

「消えて」
生きている実感って何だろう?ゆっくりと死んでいくような近未来の静寂に覆われる。

自主制作の臭いそのままに、解説らしい解説もなく台詞も音楽も殆どない。何となくこんな感じ?こんな設定?という何とも曖昧な世界観のまま展開する作品だ。しかも経過が端折られて結果だけが即提示される。何故その服を着ることになったのか、話している相手はどういう関連の人間なのか?

この映画の中で非常に印象的なシーンは、武田真治が残像のように空気と溶け合った存在となって映し出され、そして透明になっていくものだ。
僕等は生きているのだろうか?安心できる所って何処だ?解り合えるってどういう意味だ?
回路」でPC画面に浮かんだ情景が現実となったような情景を持つこの映画は、「アカルイミライ」の不穏さを抱える一方で、「回路」的終末への予兆を漂わせる。
多国籍とまではいかないが少し外国語を話す人間が増えていて、途轍もなく量の増えた花粉が舞う近未来世界。生殖機能を失わせる副作用のある薬とセックスの匂いのない男と女の関係。それは優しく穏やかな世界のように見え、ゆっくりと死んでいくような無力感と孤独感に満ちている。

未来への漠然とした不安や懐疑を抱えて人は生きる。都市の生活の中でエナジーはいつしか出口を塞がれて鬱屈してしまうかもしれない。
自分はちゃんと生きれているだろうか?そして一体何処に向って走り続けているのだろうか?
恋愛映画なのに酷く怖くて寂しい。サルサのリズムは何を開放してくれるのか。この世界観の結実の一つが「回路」で一つが「アカルイミライ」だとしてもきっとおかしくはない。俺は好きです、誰にも薦めないけどw。

映画美学校の講師をしていた黒沢監督が学生向けに作った作品の為、商業映画とは一線を画した物となっている。
DVD特典の監督インタビューが非常に面白い、映画関係の仕事を目指す人は参考になる部分が色々あるんだろう。
始終誰かが喋り続け何かあると音楽が流れる映画、それは現実には有り得ない世界、と黒沢は言う。映画的虚構が虚しく感じられる時、そんな視点に何故か救われた思いにかられる。現実の痛みや孤独を共有する感覚に近い生々しさを秘めた客観性、魅力的な才能だと思う。


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