-何の参考にもならない映画評-
The Door into Summer
 Title Index : all           A-Z・数字 監督別 

 ★評価別Index : ★★★★★ ★★★★ ★★★☆ ★★★ ★★☆ ★~★★ 


スポンサーサイト
--年 --月 --日 (--) --:-- | 編集
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
「ミュンヘン」
2006年 03月 16日 (木) 02:35 | 編集
映画「ミュンヘン」オリジナル・サウンドトラック 映画「ミュンヘン」オリジナル・サウンドトラック

「ミュンヘン」 ★★★☆

MUNICH (2005年アメリカ)
監督:スティーブン・スピルバーグ
原作:ジョージ・ジョナス『標的(ターゲット)は11人―モサド暗殺チームの記録
脚本:トニー・クシュナー、エリック・ロス
キャスト:エリック・バナ、 ダニエル・クレイグ、キアラン・ハインズ、マチュー・カソヴィッツ、ハンス・ジシュラー、ジェフリー・ラッシュ、アイェレット・ゾラー、ギラ・アルマゴール、ミシェル・ロンズデール、マチュー・アマルリック、モーリッツ・ブライブトロイ、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、メーレト・ベッカー、イヴァン・アタル
   ⇒ 公式サイト
   ⇒ ミュンヘン@映画生活

"9.11以降"、そして"home"。やはりこの映画のキーワードもそれだ。
あの日世界は何を失い何を得たのか。

本作はジョージ・ジョナス原作の「標的(ターゲット)は11人―モサド暗殺チームの記録」の映画化。1972年のミュンヘンオリンピックにおけるパレスチナ・ゲリラによるイスラエル選手殺害事件、及びその後のイスラエル暗殺部隊による報復事件をサスペンスタッチで描いたドラマである。
イスラエルVSパレスチナという構図を借りてこの映画が描く物は、またしてもの感が強い「復讐の連鎖」だが、それを受け止めるものが最終的に国家なのか家族なのかということが本作を考える鍵であるように思う。

正直な所作品を観る前のイメージとしては、"「目には目を」という復讐の連鎖は何も解決しない、テロリストにも人の子だ"等という使い古されたテーマでは最早二番煎じではないかという危惧を持っていたし、今何故ミュンヘンオリンピックのテロ話を持ってこなくてはならないのか?という疑問もあった。そして勿論映画の最大の興味はユダヤであるスピルバーグが如何なる立場でこの作品を描くのかという点であった。
頭を冷やしながら振り返ると、この作品は愛国心やパレスチナ紛争、民族問題、テロリズム、家族愛等様々なモチーフを包括しているものの、ミュンヘンオリンピック事件の顛末自体を描きたかった作品ではないように思う。
自分が感じる限りスピルバーグの立ち位置は極めて中立的であり、イスラエル或いはパレスチナどちらかに一方的に肩入れすることなくむしろイスラエルに対して批判的であるようにさえ感じられる。だが、そのような中庸の立場を以ってして泥沼化したパレスチナ問題の是非を問う事に監督の意思があったのか、否、彼の視線の先にあるものは9.11以降という途轍もない絶望と挫折にはまり込んだアメリカとそれを取り巻く世界ではなかったか?

湿気を帯びた陰鬱なヨーロッパの映像、爆破テロや激しい銃撃戦のシーンの迫力は全くさすがと言うべきである。だが、本作で最も印象的かつ最悪のクライマックスシーンは、愛する妻とSEXしながらアヴナーの脳裏にフラッシュバックする彼自身が決して目の当りにしてはいないテロ事件だ。殺戮し続けることによって少しずつ麻痺した罪悪感や倫理観は、テロリストという仕事から解放された後も、あらゆる報復への恐怖となってアヴナーの心を苛むことになるのである。ここで我々は殺戮の被害者も加害者も人間であるという当たり前の事実に改めて向き合う。即ち「報復」という名の正義も不正義もないテロ行為もまた、人として生きている或いは家族を愛する人間が行う行為であるということに思い至るのだ。

エンディングでイスラエルという国家に訣別したアヴナーの姿は、報復は新たな報復の恐怖しか生まず、家族と祖国両方を同時成立で選べない現実を表象する。
そしてラストシーンで対岸に浮かび上がるのは世界貿易センタービル。
祈りにも似た本作のテーマがこの1シーンに凝縮されて浮かび上がる。
ミュンヘン事件とその報復の連鎖をモチーフとしつつ、非常に中立的な立場からスピルバーグが描きたかったことは、9.11という爪痕に拘泥して復讐し続けるアメリカ、そして未だ報復と制裁に明け暮れる世界へのメッセージに他ならない。この映画に個々人が問われる事があるとすれば「本当に守りたいものは何なのか?」を再考するということではないだろうか。失われた魂は決して報復で戻ることはないのだ。

民族問題やテロに鈍感な平和ボケ全開な我々日本人にはこの映画の重さの本当の所が解るのか、それが辛い164分でもある。作品中で語られる"home"とは、家族だろうか、それとも国家を意味するのだろうか?

要するに、「9.11以降」そして「家族」という、「宇宙戦争」で今ひとつ突き詰められなかったこのテーマを、スピルバーグはもう一度やりたかったんだろうなぁ、と思わずにはいられなかった。
悪くなかった、悪くなかったけどそれでも尚整理しきれない違和感。俺が勉強不足なせいかもしれません、観て損はない映画だと思う。
勿論スピ作品らしく長さを感じさせないものだが次回はインディ・ジョーンズ的痛快エンタメが観たいよ。
あんな気分だからこそSEXするっていう気持ちもよく解るよな、、、、

■参考資料(Wikipediaより)
・ミュンヘンオリンピック事件
・パレスチナ問題
・イスラエル
・パレスチナ


人気Blogランキング 映画ランキング エンタメ@BlogRanking
ブログランキングネット HPランキング bloog.jpランキング ブログコミュニティくつろぐ
記事が気に入って頂けましたらClickお願いします!好みのブログ検索にもどうぞ



■関連記事TB送信ブログ様(TB返しは除く):Drifting Cloudsネタバレ映画館AMOR ETERNO☆ 163の映画の感想 ☆soramoveとりあえずな日々るるる的雑記長ノラネコの呑んで観るシネマ赤パン帳Puff's Cinema Cafe DiaryCINEMA正直れびゅ桂木ユミの「日々の記録とコラムみたいなもの」シネマをぶった斬り!カリスマ映画論まつさんの映画伝道師Rabiovsky計画平気の平佐(順不同敬称略)

■参考文献
ミュンヘン―黒い九月事件の真実 ミュンヘン―黒い九月事件の真実
copyright (C) The Door into Summer all rights reserved.
designed by polepole..
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。