-何の参考にもならない映画評-
The Door into Summer
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「軽蔑」
2006年 01月 28日 (土) 04:02 | 編集
軽蔑 軽蔑

「軽蔑」 ★★★☆

LE MEPRIS、CONTEMPT(1963年フランス/イタリア/アメリカ)
監督:ジャン=リュック・ゴダール
原作:アルベルト・モラヴィア
キャスト:ミシェル・ピッコリ、ブリジット・バルドー、ジャック・パランス、フリッツ・ラング
   ⇒ 軽蔑@映画生活
   ⇒ YoutubeでTrailerを観る

映画の構造と対照の巧みさ。

愛し続ける男と愛せなくなった女との対照、映画製作の商業主義と理想として存在する映画との対照。そして赤と青による対照。

映画の構造から見ると映画作りにおける内紛と一つの愛の終幕が交錯するように描かれ、劇中劇の「オデュッセイア」はこれ等二つのテーマを包括するメタファーとなっている。英語、フランス語等多数の言語の錯綜も言わば理解し合えない心のすれ違いを表象するかのようだ。

ユリシーズのエピソードで語られたように、男の不必要な寛容さと慎重さが愛を失わせ、軽蔑に向わせたのだろうか。優柔不断な男の欺瞞を前にして一瞬にしてその愛が冷めてしまった女の苛立ち、それに途惑う男の弱さを、傷つけ合う二人の会話と表情によって、実に鮮烈に描き出す。二度と触れ合わない心と愛の脆さ・終焉を何ともリアルにそして切なく美しく表現してみせた秀作であると言えよう。
芸術と商業主義を表象する存在としての監督とプロデューサーの人物設定が若干ステレオタイプに過ぎる嫌いはあるが、本人を演ずるラングの語るところにゴダールの映画製作に対する半ば自戒と警鐘にも近い思いが込められているように感じた次第だ。

特に「映画とは欲望が作る世界の視覚化である」という台詞がある。なるほど観客の欲望に応えるかのようにバルドーの裸体が惜しげもなく映し出される。いかにも「軽蔑」という本作自体が商業主義の波に襲われた皮肉を具現化するかのように。

また非常に巧妙かつユニークなのがやはり色の用い方、とりわけ「気狂いピエロ」に通じる赤と青の対照であると思う。オープニングのミシェル・ピッコリとブリジット・バルドーのショットの色彩は赤から自然色、そして青に変化する。
ユリシーズの宿敵ネプチューンの瞳、カプリ島のソファ、そして鮮やかな海に見受けられる青。
これに対してペネロペイアという不貞の女を妻とするユリシーズの守護神ミネルヴァの瞳は赤く、ポールのソファ、プロコシュのアルファロメオ等も赤に染められるのだ。
移ろい易い愛を表現するものなのか、その破綻あるいは心象風景としての色であるのか、いずれにしても色という視覚によって捉えられる創造性・可能性を表象するものではないだろうか。

最後に、本作のブリジット・バルドーは確かにキュートで美しい。視線の強さ、意志的な唇。だがジーン・セバーグやアンナ・カリーナ程の魅力をスクリーンから感じられなかったのは、驚くほど少ないアップのせいなのか、ゴダール自身の女優への思い入れの問題なのか。当時ゴダールはアンナ・カリーナとの不仲に苦悩していたらしい。バルドーとピッコリ或いはユリシーズとペネロペイアの修復できない関係は、ゴダールの実生活を投影するかのように見えてくる。


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