-何の参考にもならない映画評-
The Door into Summer
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「女と男のいる舗道」
2005年 12月 31日 (土) 00:30 | 編集
女と男のいる舗道 女と男のいる舗道

「女と男のいる舗道」 ★★★★

VIVRE SA VIE、MY LIFE TO LIVE(1962年フランス)
監督:ジャン=リュック・ゴダール
音楽:ミシェル・ルグラン
キャスト:アンナ・カリーナ、 サディ・レボ、ブリス・パラン、アンドレ・S・ラバルト
   ⇒ 女と男のいる舗道@映画生活

個人的には「勝手にしやがれ」同様、ゴダール作品の中では非常に取っ付きやすく感じた作品である。

まず12章に分けられた構成の明瞭さ。ストーリーを短く切り分けることによってもたらされる軽快なテンポ。また瞬時にクローズアップが挿入されるカメラワークや背後からのショットの多用に見受けられるスタイリッシュな映像の面白さも印象的だ。風景としての表情或いは表情という主観、この恣意的な映像の積み重ねはおそらく巧妙に仕掛けられたものであろうが、実に快感である。単純でシンプルなものにしか与えられない完全なるフォルムとでも言うべきか。

ストーリーは、半ば無邪気にその夢の為に身体を売る女の凋落と悲劇を描くものだが、客観視された淡々とした展開と娼婦ナナの表情に悲壮感は漂わない。勿論彼女の総てに退廃と倦怠が醸成されつつあることは感じさせられるが、徹底した叙情性の回避によって極めて観察的に女の表情が描かれている事にも気づくだろう。

そして唐突に訪れる死という代償。ジャン・ポール・ベルモンドが生き直そうと決意したその瞬間に死を迎えたあのシーンに通ずる壮絶な衝撃のラストシーンである。
本作のテーマはこのエンディング、終盤で交わされるナナと哲学者との間の会話、そして映画の中の映画「裁かるゝジャンヌ」を観るナナの表情に集約されているように思う。愛は真実であるべきだ、と。
観る者は欺瞞に満ちた女の人生の真実に様々な思いを抱く、愕然、そして憔悴。

哀しくも鮮烈なストーリーでありながら、アンナ・カリーナの魅力が余す所なく映し出された傑作。ジーン・セバーグの魅力で「勝手にしやがれ」が一際輝いたように、このアンナ・カリーナの美しさはしなやかさと純粋さを秘めた「女」という性の偶像的象徴として映画の中核を占める。それは云わばこのキャストでなければ成立し得ない輝きなのであろう。実生活でもこの頃のアンナ・カリーナとゴダールは非常に上手くいっていたらしい。オープニングのアップの連続は愛する女の美しさをひたすらフィルムに写し撮っているかのようでもあってw
ベネチア映画祭審査員特別賞受賞作品。


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