-何の参考にもならない映画評-
The Door into Summer
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「父と暮せば」
2005年 11月 27日 (日) 18:25 | 編集
父と暮せば 通常版 父と暮せば 通常版

「父と暮せば」 ★★★★

THE FACE OF JIZO (2004年日本)
監督:黒木和雄
原作:井上ひさし
キャスト:宮沢りえ、原田芳雄、浅野忠信
   ⇒ 公式サイト
   ⇒ 父と暮せば@映画生活

ネタバレが有ります
自らの罪を赦せぬ思いと赦されたい思いを描いて、魂の再生を語り尽くした作品である。

宮沢りえと原田芳雄の張り詰めた台詞の応酬によって舞台の特性でもある会話で魅せるという醍醐味が再現された世界は、あたかも舞台がそのままスクリーンに映し出されているかのようだ。儚く消え入りそうな娘と穏やかながら逞しい父親の対照は実に見事に観る者を作品の中に引き込むものであるが、ほぼ二人芝居による脚本をそっくりそのまま映画に投影する試みは実験的な要素も多分にあるように思う。
そしてこの映画の核として考えるべき部分は、二人芝居の一人が死人であるということであろう。恋心を抑えようとする娘とその前に現れた幽霊の父親との語らいが物語の中心となるというユニークな設定。だがこの死人の登場の意味する所こそ、映画のテーマなのではないだろうか。
娘が父親に吐露する感情は別の角度から見れば彼女自身の自問自答である。言い換えれば、広島で命を落としたたくさんの犠牲者を振り返れば振り返るほど「何故自分が生き残ったのか、幸せになってはいけない」という思いに縛られる、そんな彼女自身の苦悩そのものなのだ。トラウマと闘うもう一人の彼女自身が今は亡き父親の姿となり、生き残り傷ついた被爆者としての自己と対峙しせめぎ合いながら魂の癒しへと昇華される。語りかけられる対象が「父親」であるということは、娘が最も愛し、最も赦されたかった者の象徴なのかもしれない。

原爆が一瞬閃きながらゆっくりと落下しそして爆発する。
リアリティがあるわけでもないのにそのシーンに息を飲む。
この瞬間「死ぬのが自然で生き残るのが不自然」だったヒロシマの事実がどうしようもなく重く胸に響くのだ。
映画としてこの舞台風な設定をどう考えるかは賛否あるかもしれない。しかしその斬新な試みに相対して、作品のテーマは人間の一番弱くて哀しい部分に肉迫する普遍性を持つものだ。戦争を語る作品は数あれど、この作品の視点は戦争で傷ついた人々の心の救済に向けられているのである。映画で再現される意義は此処にあるのではないだろうか?
ラストシーンでカメラは穏やかに微笑む娘からその頭上の原爆ドームへパンする。観る者はその時、映画がこの娘に象徴される被爆者総ての魂の解放を祈るものであることに気づかされるのだ。
何と素晴らしい作品だろうか。

そして明らかにこの映画でしか得られない快楽があるとすれば、それは宮沢りえという存在である。広島から生き残ってしまった被爆者の深い心の傷をセンシティブにしかも劇的に表現する、特に原爆投下後の悲劇を語るシーンは緊迫感溢れる見事なものだ。相変わらず物凄く線が細いが、彼女に備わったあどけなさが残る透明感や儚さ、ひたむきさ、それはこの作品の傑出した魅力となって観る者を惹きつけて止まない。


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