-何の参考にもならない映画評-
The Door into Summer
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 ★評価別Index : ★★★★★ ★★★★ ★★★☆ ★★★ ★★☆ ★~★★ 


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「真珠の耳飾りの少女」
2005年 10月 12日 (水) 22:50 | 編集
真珠の耳飾りの少女 通常版 真珠の耳飾りの少女 通常版

「真珠の耳飾りの少女」 ★★★

GIRL WITH A PEARL EARRING (2003年イギリス/ルクセンブルグ)
監督:ピーター・ウェーバー
キャスト:スカーレット・ヨハンソン、コリン・ファース、トム・ウィルキンソン、キリアン・マーフィ、エシー・デイヴィス、ジュディ・パーフィット、アラキーナ・マン
公式サイト

凝った映像は評価できるが画家の情熱や魂をあまり感じることができない。
終わってみれば綺麗な映画という印象はあるが。

17世紀の画家フェルメールの絵がモチーフの作品。
ストーリーは「真珠の耳飾りの少女」という一枚の絵が完成する背景と事情を描くもの。
台詞の少なさと映像の美しさが印象的だ。17世紀のオランダを演出する落ち着いた色調や陰影は撮影の拘りを感じさせられるし、個人的にはその時代背景となる階級社会の描写が秀逸だと感じる。富裕階級のお抱えとなって本意でない絵を描く画家の嘆き、貴族の家に奉公に出る下層階級の女達の逞しさ、ステレオタイプではあるが17世紀ヨーロッパのリアリティを生き生きと感じさせる表現は悪くない。

ただ結局テーマは「絵」なのである。絵の製作過程秘話であるということはその絵の強烈なファンでなければ踏み込んで映画の魅力にまでは惹かれないということの裏返しでもある。本作を観て「もっとフェルメールの絵を知りたくなりました!」こういう感想が多分一番多いのではないか?w 

画家とメイドの禁欲的な関係は確かに作品に張り詰めた緊張感をもたらす。それが背徳への堕落を断ち切るプラトニック・ラブと格調高い芸術への昇華と考えれば、この話は何とも崇高な気高さを持っているようにも思う。但しそれも映画の前半まで。
少女の存在は画家にとって最後まで曖昧なままだ。半ば恋心含みの良き理解者としての存在でありつつ、或いは芸術的インスピレーションをもたらすモデルとして少女は画家の前に立つ。
そしてこの曖昧さは、我々が抱くフェルメールという画家自身の人物像の輪郭にもまた影を落とすのだ。作品全体に煮え切らないものを感じてしまうのは、美しい絵の背景もやっぱり美しかった、というどこか通俗的で浅薄な脚本のせいだろう。そのせいかコリン・ファースが彼の個性をこの役柄に生かすまでには至っていないように思う。

ピアスの穴開けシーンと唇を濡らすシーンは官能的だが、見せないエロスって奴に感じるには自分は修行が足りないようだ。ってかそういう映画じゃないしなw。
まぁ個人的にスカーレット・ヨハンソンの半開きの口の頭悪そうな顔と下手糞な芝居が好きではないということも災いしたかもしれない。この女優が好きならそこそこ楽しめる作品だとは思うし、陳腐なストーリーではあるが映像は凝っているので大層な映画を観たような気にもさせてくれる。
それにしてもあのブサイキーな妻の「何で私じゃないの?」には、そりゃそうだろ?鏡見ろよと突っ込んだのは俺だけではあるまい。実際にフェルメールの妻がブスで嫉妬深かったのかどうかは知らないが、あまりにステレオタイプ過ぎると若干冷めるもんだ。
この絵もフェルメールも原作も知らないという無知状態で鑑賞。(2005年8月)

 真珠の耳飾りの少女@映画生活
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