-何の参考にもならない映画評-
The Door into Summer
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「クロエ」
2005年 10月 09日 (日) 20:27 | 編集
クロエ デラックス版 クロエ デラックス版

「クロエ」 ★★★

Chloe (2001年日本)
監督:利重剛
原作:ボリス・ヴィアン『日々の泡』
キャスト:永瀬正敏、ともさかりえ、塚本晋也、鈴木卓爾、福崎和広、西島秀俊、小西真奈美、アーサー・ホーランド、岸田今日子、青山真治、山口美也子、尾藤イサオ、松田美由紀
   ⇒ クロエ@映画生活へ

美しく繊細だが同時に曖昧さと迷いを感じる作品である。様々なテーマを盛り込み過ぎているのではないだろうか。

クロエと高太郎のピュアな愛、クロエの病の悪化と共に崩れて行く人間関係の均衡、愛する者を失う痛み、そして無力で「くだらない」人間という存在。そのどれもが作品全体を覆うぼんやりとした光に包まれて存在する、決して単なる純愛映画ではない。

柔らかい光に包まれたファンタジックな映像の美しさは非常に印象的であり本作を語るときには外せない要素の一つだろう。差し込む光とその反射、光と陰を映すことに腐心され丁寧に一つ一つのシーンが重ねられていく。クロエの命の翳りによってその柔らかい光や淡く穏やかなトーンが次第に輝きを失い少しずつ暗く変化するという見せ方にも、映像そのもので語る事への監督の強い拘りを感じるものだ。

しかしその詩的に美しい映像美の連続は凡そこの蓮の蕾が肺に宿るという奇病も二人の恋愛関係についても、映画のリアリティを一つの心象風景のようなぼんやりとしたものにいつのまにか変えてしまう。逆に二人のピュアさと対照的に描き出される英助をはじめとした周囲の人間達の存在は酷く生身の痛みと孤独を感じさせられるのだが、彼等のエピソードの関連性と終着点もどこか曖昧で掴み所のないまま終始する。主たる二人のストーリーの世界観と、英助の激昂やキタノの詭弁、英助とヒデミの関係等の脇のエピソードとのアンバランスはこの作品の魅力でもあるのかもしれないが、最後まで消化し切れない迷いへと通じるものだ。
蓮の花がどんな意味を持ち、クロエが最期に見た「綺麗」なものは何なのか。明確な結論を出すべき映画でもないのかもしれないが語られないことの大きさが鑑賞後も重石のように残る。

個人的にはテンポがあまりにも緩慢で息が詰まりそうなその独特の空気があまり好きになれない。しかし映像面はとても美しく、コントラストや光の映し方は出色だ。でも時間的にちょっと長いかな、途中ダレた。

「クロエ」予告編は此方 ↓


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