-何の参考にもならない映画評-
The Door into Summer
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「許されざる者」
2005年 08月 29日 (月) 13:30 | 編集
 許されざる者 特別版 スペシャル・エディション

「許されざる者」 ★★★★

Unforgiven(1992年アメリカ)
監督:クリント・イーストウッド
キャスト:クリント・イーストウッド、ジーン・ハックマン、モーガン・フリーマン、リチャード・ハリス、ジェームズ・ウールヴェット、ソウル・ルビネック、フランシス・フィッシャー、アンナ・トムソン

正直自分の年代で西部劇をたくさん観ている人間なんてほとんどいないだろう、と思う。自分もその中の一人で、所謂勧善懲悪のドンパチ物な西部劇に対しての鑑賞欲は全くないと言っても過言ではない。
だがこの作品は自分が思っていたようなものではなかった。西部劇の形を借りてはいるが西部劇ではない、これはやはり一人の男の人生の選択を描くドラマだと思う。
銃を撃つことに躊躇し人の命に逡巡する、そんなガンマンがいるだろうか?
イーストウッドが名を馳せたはずの西部劇を彼自身がこうして似て非なるものに描いたこと自体、また銃社会が社会問題化している現在のアメリカ社会を鑑みても、この作品は酷く皮肉に思える。彼が否定してみせたステレオタイプな西部劇とは、アメリカを語る上での一つの顔だったのではなかったのか。圧倒的な銃の力で相手をねじ伏せる正義の暴力への疑問を提示し、ガンマンの老醜を描く事で、自らの西部劇のキャリアにも訣別を告げているかのようではないか。
ミスティック・リバー」と「ミリオンダラー・ベイビー」で彼が光を当てた薄暗いアメリカ社会は、この作品の匂いに似ているように思えてならない。築き上げられてきた強きアメリカという憧憬への「罰」という意味なのか、自らの国の矛盾と不条理に対して、イーストウッドが投げかける問いは酷く重い、そして哀しい。
しかしこの作品で心を打たれるのは、彼が包み隠さず人間の弱さや愚かさを描いているからだろう。
中盤の展開がもたつくがクライマックスはやはり迫力がある、ラストシーンは非常に感動的だ。
1992年アカデミー作品賞、監督賞、助演男優賞受賞作品。
(2003年初回鑑賞、感想は若干付足しました)

→ イーストウッドのオスカー作品考察

 許されざる者(1992)@映画生活

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