-何の参考にもならない映画評-
The Door into Summer
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 ★評価別Index : ★★★★★ ★★★★ ★★★☆ ★★★ ★★☆ ★~★★ 


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「スリーパーズ」
2005年 08月 29日 (月) 10:06 | 編集
  スリーパーズ<DTS EDITION>

「スリーパーズ」 ★★☆

Sleepers(1996年アメリカ)
監督:バリー・レビンソン
キャスト:ジェイソン・パトリック、ブラッド・ピット、ブラッド・ピット、ケビン・ベーコン、ロバート・デ・ニーロ、ダスティン・ホフマン、ブラッド・レンフロ、ジョセフ・ペリーノ、ジェフリー・ウィグドー、ジョナサン・タッカー、ミニー・ドライバー、 ビリー・クラダップ

緩い。
脚本も映像も構成も、この作品が持つ総ての問題において中途半端だ。
まず少年犯罪を生む社会的背景や少年院の虐待の実態というアメリカ社会の暗部が投影された作品としては、人権蹂躙に対して因果応報的にやり返す、という短絡的な復讐の連鎖に帰結させてしまったストーリー自体に少々問題があるように思う。復讐という歪んだ正義を映画全体で肯定するような流れは疑問である。痛みを抱えた人間が総てこんなことをしていたら世の中復讐だらけなわけで、たとえ事実ベースだろうと少年達を悲劇のヒーローのように美化するのはいかがなものか?復讐によって少年達自身の傷を癒す事ができるのか、という本作の根幹となり得るテーマについての苦悶や自答を感じられない脚本ではあまりに安易過ぎないだろうか?
また、比較論は本来無意味なことではあるが「スタンド・バイ・ミー」的友情物として見た場合、どの登場人物に対しても共感できないキャラの描き込みの薄さは全く致命的だ。或いは「アメリカン・ヒストリーX」的に社会的な闇や復讐の連鎖という問題を暴き出す作品と見ても、暴行のシーンに全くリアリティがないのでどうしても甘さを感じざるを得ない。少年への暴行というショッキングな事実で引っ張るのであれば、彼等の心の傷がいかに深くて重いかもっと語るべきではないのか? ナレーションや断片的な映像だけで説明するのではなくて。
映画は復讐が神父の偽証によって完結するという全く皮肉なエンディングを迎えてしまう。「二度とは戻らない踏みにじられた少年時代への嘆き」や「取り戻せない過去」を描きたい気持ちは判るが、心理面の描写が表層的だと観る者にはその衝撃的な犯罪の事実しか伝わらない。歪んだ正義への無力感や過去への遺恨を投影したいのであれば「ミスティック・リバー」くらいの徹底したテーマ性へのアプローチをするべきである。
結局の所、少年達は自分たちの犯した罪への悔恨も全部ひっくるめて看守を恨んでるようにも見えた。BSでやっていたのでつい再見してしまった、貶したくて観たわけではないが、自己の反省なくして罪の正当化と美化に走りたがる、全く悪い意味でのアメリカ的発想丸出しのダメ映画の典型である。驚くほどの豪華キャストによって余計にこの重いテーマが霞んでしまった印象を受けるのも勿体ない話だと思う。

 スリーパーズ@映画生活

■参考作品
ミスティック・リバー スタンド・バイ・ミー コレクターズ・エディション アメリカン・ヒストリーX
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